STORY 4
草食男子は喫煙室で、アルファロメオの夢をみる。
小川くん(23 歳・男性)は今年岩手県内の大学を卒業し、就職したばかりだ。大学ではまちづくりについて学び、建築事務所に入社した。入社して驚いたのは席が課長の目の前だということ。新人の特等席、と言われるこの席から早く脱出したい、と思っているが時間がかかりそうだ。仕事はまだまだ勝手がわからず先輩の後ろを追いかけてばかりだが、愛嬌と機転に定評がある小川くん、「最初が肝心」と言わんばかりにあちこちに笑顔を振りまいている。
小川くんは、ウエストはそこらへんの女性よりも細いという自覚がある、しかも黒縁メガネと、黒髪。そんな外見から「草食男子」と言われることが多い。だが小川くんから言わせて貰えば、メガネも量販店ではなくセレクトショップでオーダーしたものだし、髪も行きつけのサロンで毎回オーナーにカットしてもらっている。草食ってダサい男みたいじゃないか、そんな言葉でひとくくりにして欲しくない、というのが日頃からの不満だ。
小川くんの勤める会社には、2箇所の喫煙室がある。「1箇所では混み合う」という意見が社内から出て増設されたのが、オフィスのすぐ隣にある綺麗な喫煙室だ。もう一つは階段を昇って2階を少し歩いた先にある、古い喫煙室。みんな新しいほうへ行くので、いつも貸切なのが小川くんには都合がいい。
窓際から外を見ながら、アイコスを吸い、「ふうー」っと斜め上に吐く。窓の外に視線を落とすと、駐車場に停まっている艶のある外車が見える。あれは、顔もかっこよくて、仕事も段違いにデキる、小川くんの先輩の車だ。小川くんの休憩時間は先輩の外車を眺めながらすぎていく。
イタリア製の手帳やペン、文具ひとつにも個性を添える。仕事をサクサクとこなし、どんなときでも女性への気配りを忘れない。休日は自宅でゆったりと、こだわりのパスタとワインとともに。スマートな体にぴったりと合うようにオーダーで仕立てたスーツに身を包んで。靴だってもちろん憧れのイタリア製。そうだな、スーツはナポリスタイル、靴は「サントーニ」のスリッポンがいい。惹かれる車はたくさんあるけれど、やっぱりいつかはアルファロメオに乗りたい。しかも赤じゃない、シックなネイビーが僕にはきっと似合う。
隣にはもちろん、車に負けないくらいとびっきりの女性を乗せたい。華やかな香水の香りが車内に漂う。女性は軽く足を組み、盛岡の夜の景色に手をかざし、あしらったばかりのネイルを僕にみせてくれるんだ。そのまま店の前に車をつけて、ディナーへ。そして……
ピピピピピ
取引先からの電話だ。
慌てて妄想を断ち切るように、小川くんは少し大きめの声で電話にでた。「はい、お電話ありがとうございます!小川でございます!」
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- Disknote オバラ店長セレクト BGM
- そんな小川くんには、イタリアの巨匠「エンリコ・ピエラヌンツィ」のドビュッシーに捧げるジャズ・ピアノ・トリオ作品を。元曲のメロディはもちろん、その楽曲の本質、エッセンスの抽出、拘る男のセンス光る逸品。
- Enrico Pieranunzi / Monsieur Claude-A Travel with Claude Debussy