STORY 2
西日とBMWと彼女のえくぼ。
谷川さん(55歳・男性)は嬉しいときに早口になる癖がある。会社でも家でもときどき言われる。だがどうにも止まらないのだ。
35歳のときに友人と作った経理関係の会社も順調。目下の心配事は末っ子の娘のことだ。
ショールームの椅子に腰掛け、空っぽのオレンジジュースのグラスに残る氷を弄んでいる娘。外は快晴。午後の日差しが艶やかで色気のある車たちを照らす。
娘は8つ上と6つ上の兄を持つ末っ子。今年で24 歳。男家系の谷川家の中に生まれた唯一の女の子で、バレエに茶道、華道と習い事もたくさんさせてきた。文字通り、「蝶よ花よ」と育てた谷川さんにとっての一人娘・・・だったのだが。
娘は花柄に囲まれた反動なのか、見事な山ガールへと成長。週末のたびに鮮やかなウェアに身を包み、日焼けした笑顔で軽自動車に乗り込む。「山ガール」という単語も、谷川さんはなんとなく腑に落ちていない。なんでもガールをつければいいというのは、日本人としてどうなのだ。
その点、ドイツ車は筋が通っていて好ましい。質実剛健、安心安全。自分の性格にも合い、谷川さんはずっとドイツ車に乗ってきた、今の車はもうすぐ10 年だ。買い替えも視野に入れて訪れたショールームへ、「帰りに新しいキャンプのギアが見たいから!」と言い、娘もついてきた。
店員と話し込んでいると、娘がとつぜんこちらに早足で歩み寄り、「……かっこいい車見つけたんだけど」と小声で話す。
服の裾を引かれてショールームの中へと谷川さんは進む。西日に輝くゴールドの車の前に立った。「次、これにしようよぉ。わたしも乗りたい!」谷川さんは、上目遣いの娘をみながら思う、こんなに可愛く甘えられるのに、彼氏ができないのはなぜなのか。
谷川さんは今まで乗った車を回想していた。白、白、黒だ。「これは、……」お父さんには派手すぎる、と続けようとしたところで娘が遮るように「ねえ!キャンプに行こうよ、また一緒に!」と谷川さんに笑顔を向けた。笑うと頬の下にできるえくぼ。小さい頃から変わらないチャームポイントだ。
試乗を勧められ、助手席に乗り込んだ谷川さん。運転席では娘がワクワクした様子でハンドルを握る。夕型の赤混じりの光が金色の車体をさらに輝かせる。
谷川さんは、その横顔を見ながら思うのだ、「ああこの子は、小さいころからこの顔で笑う」「ゴールドいいね、お父さん、絶対似合うよ」「そうかそうか」と、谷川さんは少し早口に返事をした。
-
- Disknote オバラ店長セレクト BGM
- そんな谷川さんには、ジャズ黄金期を支えたドラマーが、気鋭の若手を起用して復活宣言した燻し銀のハードバップ作品を。ベテランだからこそ出せる「ジャズの本質」がここに。
- ARTHUR TAYLOR / Mr.A.T.